乾杯とさよなら

酒とご飯、天満の嵐

連作 私の5匹の犬 小さな国の王様

私を含め、私の家族は社交的ではなく、家族ぐるみの付き合いをしている、知人どころか、友人も親戚もいない。母親にいたっては、私が5つの頃に、唯一の友人とも絶縁し、人付き合いとは無縁の生活を送っている。例にもれず、私も人付き合いがあまり得意な方ではないが、物心が付いた時から、常に動物に囲まれた生活をしている。鶏、インコ、ハムスター、大型の熱帯魚や、繁殖される金魚達に5匹の犬。先日、実家の5匹目の犬が老衰を迎え、「家族」や「友人」といった、強い絆を必要とするものを、全て失ったような、強い喪失感を抱えている。

両親から始めて犬を与えられたのは7つか8つの頃で、仔犬を家族で迎えに行ったのを昨日のことのように覚えている。車の後部座席で仔犬の名前を考え、リボンを首に巻いて、可愛らしい芸を教えようと心を弾ませていた。両親が私たちに与えたのは、たわしほどの大きさしかない、ヨークシャテリアの仔犬だった。私はそのとき初めて、犬はじゃれ付く生き物で、仔犬の犬歯がひどくとがっていることを知った。

母親はこの仔犬に、聡明な小姓の名前を付けた。彼は名前のとおり賢く、しなやかで俊敏な犬だった。まるでネコのようにソファーの背もたれを歩き、ダイニングテーブルに登り、小さな庭を駆け回った。彼のお気に入りは、両親がバブルの際に購入した趣味の悪いベッドで、愛情のあまり内臓が見えるまでバラバラにし、布団に潜れば名前を呼んでもエサをチラつかせても出てこない、寝汚さをみせた。犬が唸り、噛み付き、思い通りにならないことを、私たちに身をもって教え、どこまでも自由だった。

 母は、彼の「テリア」らしさを気に入っており、図鑑で示しながら、この犬はイギリスで「ネズミ」を取るために改良された「小さな猟犬」だったとを私たちに教えてくれた。ある夜、彼がベッドの上で、白い綿のようなものを舐めまわしているのを、父親が見つけた。父が、ハムスターの入ったケージに、わずかな隙間が空いているのを見つけ、あわてて彼の元へと駆け寄った。彼は当たり前のように脱走兵を差し出し(ハムスターは気絶していたが傷一つなかった)、ネズミを傷一つつけず捕獲した、心の優しい聡明な犬としてさらに株を上げた。

おそらく彼は、自分のことを犬だと意識せず、私たち姉妹との対等な関係性を望んでいた。父親が出張から帰ったときに、私と妹にぬいぐるみを買って帰ったとき、彼は自分へのぬいぐるみがないとしるや、一晩でそれらを台無しにしてしまった。(それは淡いピンクと茶色の可愛らしいウサギのぬいぐるみだった)おかしなはなしだが、私たち家族は、彼の犬らしからぬ気ままさや、頭の良さを愛し、彼の自尊心を傷つけないような距離感を持って接していたと思う。

 両親の寝室のキングサイズのベッドで優雅に眠る彼は、まるで小さな国の王様だった。彼を思い出すのは、自宅のこぢんまりとしたベッドではなく、スプリングの効いたホテルのベッドで、布団とシーツの間にもぐりこんだときの深い寝息だ。真っ黒な彼の鼻は眠りすぎていつも乾いていたし、銀色のカールした毛はいつも湿っていて、わらと土の匂いがした。彼の柔らかな腹に顔を寄せて、深い息を吸い込めば、彼はちらりと目を開け、寛容な態度でそれを許すだろう。顔をうずめたまま、いつまでもいつまでも、彼と眠っていたい。

【私たちは、他の犬を家族に迎え入れたことで、王様ではなく、犬だということを彼に突きつけてしまった。彼との日々の中でそれだけを後悔している】